




2023年、小説投稿サイトに発表された作品をきっかけに、一躍注目を集めたホラー作家・背筋(せすじ)さん。
デビュー作『近畿地方のある場所について』は書籍化され、異例の100万部超えを記録。映画化もされるなど、わずか数年で現代ホラーを代表する作家の一人となりました。
しかし、『近畿地方のある場所について』の怖さは、幽霊や怪物が次々と襲ってくるような、分かりやすいホラーとは少し違います。
背筋さん自身も『情熱大陸』の取材で、
「あえて怖いものを探そうとはしていない」
「ホラーの主役はお化けではなく、人だと思っているので」
と語っています。
では、なぜ『近畿地方のある場所について』はこれほど多くの人を惹きつけ、100万部を超える大ヒットになったのでしょうか。
実際に映画を観た経験も踏まえながら、背筋さんが生み出す「新しい恐怖」の正体を考えてみます。
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背筋とは何者?会社員から100万部作家へ
背筋さんは1989年、大阪府生まれ。
幼いころに見た『ゲゲゲの鬼太郎』をきっかけに、ホラーというジャンルに興味を持つようになったといいます。
同志社大学を卒業後、すぐに小説家になったわけではありません。
社会人として働いていた2023年、小説投稿サイトに発表したのが『近畿地方のある場所について』でした。
この作品がネット上で大きな注目を集め、やがて書籍化。
そしてデビュー作でありながら100万部を超える異例の大ヒットとなります。
数万部でもヒットとされる小説の世界で、無名に近かった新人作家のデビュー作が100万部を突破するというのは、極めて珍しいことでしょう。
しかも、背筋さんが作家として注目されるようになったのは、ほんの数年前のことです。
長いキャリアを持つ人気作家の代表作が100万部に到達したのではなく、「会社員がネット上に投稿したホラー作品」が短期間で社会現象ともいえる作品になった。
背筋さんの経歴そのものが、現代ならではの作家誕生の物語といえそうです。
『近畿地方のある場所について』はどんな作品?
『近畿地方のある場所について』の大きな特徴は、一般的な小説とはかなり異なる構成にあります。
物語の最初から主人公が登場し、一つの事件を追ってストーリーが進んでいく――という単純な形ではありません。
さまざまな怪談や証言、記事、インタビュー、ネット上の書き込みなど、断片的な情報が次々と提示されていきます。
一つひとつを読んでいる段階では、それぞれ別の怪談のようにも見えます。
ところが読み進めていくうちに、
「さっきの話と関係しているのでは?」
「この人物は、あの出来事にも登場していなかったか?」
と、バラバラだった情報の間に奇妙なつながりが見えてきます。
作者がすべてを説明してくれるのではありません。
読者自身が情報を拾い、自分の頭の中で恐怖を組み立てていく。
ここに『近畿地方のある場所について』ならではの面白さがあります。
なぜ『近畿地方のある場所について』は怖いのか?
「何が怖いのか」を説明しすぎない
ホラー映画や小説では、物語が進むにつれて怪異の正体が明らかになる作品も少なくありません。
しかし、正体が分かることは安心にもつながります。
「この幽霊にはこういう過去がある」
「この怪物にはこういうルールがある」
と理解できれば、それは恐ろしい存在でありながらも、ある程度は整理された存在になるからです。
背筋さんの作品では、そうした「分かりやすい答え」が簡単には与えられません。
何かがおかしい。
どうやら複数の出来事がつながっている。
しかし、その全体像を完全につかんだような気にはなれない。
この「分からなさ」が、不安を残します。
日常と怪異の境界が曖昧
タイトルも非常に巧妙です。
『近畿地方のある場所について』。
具体的な地名は書かれていません。
もし完全な架空の地名であれば、読者は「これは架空世界の話だ」と距離を置くことができます。
逆に実在する特定の場所であれば、その土地の物語として理解できます。
ところが「近畿地方のある場所」とだけ言われると、場所を特定できません。
大阪なのか。
京都なのか。
奈良なのか。
兵庫なのか。
あるいは山間部のどこかなのか。
実在しそうなのに、どこなのか分からない。
その曖昧さによって、フィクションと現実の境界もぼやけていきます。
「もしかすると本当にこんな場所があるのではないか」
そんな想像が入り込む余地が残されているのです。
読者自身が「気づいてしまう」
そして、おそらく背筋作品の最も特徴的な怖さが、「気づいてしまう恐怖」です。
作者から、
「実はこの二つの出来事はつながっていました」
と説明されるのではなく、読者自身が断片をつなぎます。
「あれ?」
と思う。
少し前のページを思い出す。
そして、
「ということは……」
と気づく。
その瞬間、単独ではそれほど怖くなかった出来事の意味が変わります。
これは突然何かが画面に現れるような「驚かされる恐怖」とはかなり違います。
自分自身の想像力によって恐怖を完成させてしまう。
だからこそ、読み終わった後にも残るのではないでしょうか。
背筋が語る「ホラーの主役はお化けではなく、人」
今回の『情熱大陸』で非常に興味深いのが、背筋さんのホラーに対する考え方です。
番組スタッフが「恐怖のアイデアはどこから生まれるのか」と尋ねたところ、背筋さんは「あえて怖いものを探そうとはしていない」と答えています。
さらに、
「ホラーの主役はお化けではなく、人だと思っているので」
とも語っています。
この言葉を知ると、『近畿地方のある場所について』の怖さも少し違って見えてきます。
背筋さんが描こうとしているのは、単に恐ろしい幽霊や怪物なのではないのでしょう。
人間の好奇心。
執着。
思い込み。
噂を誰かに伝えようとする心理。
そして「知らない方がいい」と言われるほど知りたくなってしまう感情。
怪異そのものより、それに引き寄せられていく人間の方が物語の中心にいるとも考えられます。
そもそも『近畿地方のある場所について』を読む私たち自身も、「この先に何があるのだろう」と思ってページをめくっています。
怖いと分かっているのに知りたい。
その感情そのものが、すでに背筋さんの作ったホラーの中に組み込まれているのかもしれません。
恐怖の材料は「普通の日常」の中にある
ホラー作家というと、少し変わった生活を想像する人もいるでしょう。
心霊スポットを訪ねたり、廃墟を巡ったり、怪談を集めたり。
ところが『情熱大陸』が背筋さんに密着すると、そこにあったのは意外なほど普通の日常でした。
出版社との打ち合わせ。
自宅での執筆。
愛犬との散歩。
サイン会で訪れた韓国。
息抜きで出かけた高尾山。
番組スタッフも、なかなか「ホラー作家らしい場面」が撮れず困惑したようです。
しかし、それこそ背筋さんのホラーを理解する重要なポイントなのでしょう。
特別に恐ろしい場所へ行かなくても、見方を少し変えれば日常の中に違和感は存在する。
いつも歩いている道。
知らない人のSNS。
古い建物。
誰かから聞いた噂。
何気なく見つけたネット上の記事。
普段なら気にも留めないものでも、別の情報と偶然つながった瞬間、不気味な意味を持ち始めることがあります。
恐怖は心霊スポットだけにあるのではない。
日常のすぐ隣にある。
それが背筋さんのホラーの原点なのかもしれません。
実際に映画を観て感じる「現実との距離の近さ」
私自身、映画『近畿地方のある場所について』をネトフリで観ました。
実際に観てみると、この作品の面白さは単純に「怖い場面がどれだけあるか」だけでは語れないと感じます。
特徴的なのは、フィクションを観ているはずなのに、現実との距離がどこか近く感じられることです。
ホラー映画には、怪物や幽霊など「恐怖の対象」がはっきりしている作品もあります。
そうした映画では、観客は恐ろしい出来事を安全な場所から眺めることができます。
ところが『近畿地方のある場所について』には、ネット上の情報や記録、取材など、私たちが普段触れている情報と似た感触があります。
そのため、完全な別世界の出来事として切り離しにくいところがあります。
また、すべてを説明してもらえないからこそ、観ている側が考えます。
「あれはどういう意味だったのか」
「あの出来事とつながっていたのではないか」
映画館を出れば作品そのものは終わります。
しかし、観客の頭の中ではまだ物語が続いている。
この「観終わっても考えてしまう」という部分も、背筋作品の強さなのではないでしょうか。
前述の通り筆者は劇場版は公開期間に間に合わずだいぶん遅れてネトフリで視聴させていただきました。
私はジャパニーズホラーというとあまりVFXなどは使わず、その存在を感じさせることで怖がらせるというイメージだったのですが、この映画のラストに関してはそうではなかったですね。
どのような展開になるのかサスペンス的な恐怖を感じながら最後は完全に騙されたと思いました。
映画評価サイトなどを見ると原作の本と違い、かなり賛否両論のようです。
私は個人的に楽しませていただきました。原作を読んでみたいと思ってます。
なぜ100万部も売れた?SNS時代と相性がいい「考察するホラー」
では、なぜ『近畿地方のある場所について』は100万部を超えるほど支持されたのでしょうか。
作品そのものの面白さはもちろんですが、現在のコンテンツの楽しみ方との相性も大きいように思います。
現在は映画やドラマを観た後、
「この場面にはどんな意味があったのか」
「あのセリフは伏線だったのではないか」
「別の解釈もできるのではないか」
とSNSなどで考察する楽しみ方が一般的になりました。
『近畿地方のある場所について』は、まさに「誰かと話したくなるホラー」です。
一人で読んで怖がって終わるのではありません。
読み終わった後、他の人がどう解釈したのか知りたくなる。
そして他人の考察を読むことで、自分が気づかなかったつながりを発見する。
すると作品がもう一度怖くなる。
こうした構造は、SNS時代と非常に相性が良いと考えられます。
さらに、背筋さん自身が小説投稿サイトから登場した作家です。
ネットから生まれ、ネット上の口コミによって広がり、読者同士の考察によってさらに作品世界が拡大していく。
『近畿地方のある場所について』の100万部という数字は、現代のホラーの楽しみ方そのものを象徴しているのかもしれません。
背筋は「小説家」の枠を超え始めている
背筋さんの活動は、『近畿地方のある場所について』だけではありません。
二作目となる『穢れた聖地巡礼について』や、『口に関するアンケート』、2026年6月に発表された『目が』など、その後も次々と作品を発表しています。
さらに活動の場は小説だけにとどまりません。
ゲーム『まだ猫は逃げますか?』のシナリオを手掛け、コロコロコミックで連載されている『キルレート・カオス』では漫画原作を担当。
体験型ホラー展示『1999展―存在しないあの日の記憶―』も手掛けています。
映画、ゲーム、漫画、展示。
媒体は違っても、共通しているのは「どうすれば人は怖いと感じるのか」を設計する仕事です。
そう考えると、背筋さんは単なるホラー小説家というより、「恐怖体験そのものを作るクリエイター」へと活動の幅を広げているようにも見えます。
まとめ|背筋のホラーが怖いのは「自分で気づいてしまう」から
『近畿地方のある場所について』が100万部を超える大ヒットになった理由は、単に「怖い作品だから」だけではないでしょう。
怪談や証言、記事などの断片が提示され、読者自身がそれらをつなぎ合わせる。
そして、
「もしかして……」
と自分で気づいてしまう。
作者に恐怖を見せられるのではなく、自分の想像力で恐怖を完成させてしまうところに、背筋作品ならではの怖さがあります。
さらに、その舞台は私たちの日常から完全に切り離された世界ではありません。
ネットの書き込み。
誰かから聞いた噂。
知らない土地。
何気ない日常の風景。
そうした身近なものが少しずつずれていくことで、「本当にどこかにありそうだ」と感じさせます。
そして背筋さん自身が語るように、ホラーの主役は「お化け」ではなく「人」。
怖いと分かっていても、その先を知りたくなる。
その人間の好奇心まで含めて作品の一部になっているのだとすれば、100万人以上の読者がその世界に引き込まれたことにも納得できます。
『情熱大陸』では、そんな恐怖を生み出す背筋さんの日常に密着します。
特別な心霊体験ではなく、ごく普通の日常から、どうやって人の背筋をゾッとさせる物語が生まれるのか。
番組を見た後では、『近畿地方のある場所について』の「怖さ」が、これまでとは少し違って見えてくるかもしれません。


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