中国はなぜ沖縄の日本帰属を疑問視する?「琉球処分」「カイロ宣言」を根拠にする理由とは

中国はなぜ沖縄の日本帰属を疑問視する?「琉球処分」「カイロ宣言」を根拠にする理由とは 話題・トレンド

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中国が沖縄の「日本帰属」そのものに疑問を投げかけるような発信を強めている。

ほとんどの沖縄県民は自分は日本人だと認識してるものだと思うのですが・・・。

2026年6月23日、中国共産党機関紙「人民日報」は琉球の歴史を大きく取り上げ、1879年に明治政府が琉球王国を廃して沖縄県を設置した「琉球処分」などを問題視した。

さらに中国側では、第二次世界大戦中の1943年に米英中が発表した「カイロ宣言」まで持ち出し、日本による琉球の統合そのものを問い直すような議論も出ている。

なぜ中国は今、140年以上前の琉球処分を問題にするのだろうか。

背景には台湾情勢だけでなく、日本とフィリピンの連携、沖縄の地政学的重要性、そして相手国の世論や認識に働きかける「認知戦」という側面も指摘されている。

ただし最初に注意しておきたい。

現在の中国側の発信を「中国政府が沖縄を中国領だと正式に宣言した」と理解するのは正確ではない。

むしろ重要なのは、

琉球が日本領になった過程は本当に正当だったのか

という疑問を投げかけることである。

その主張には、どのような歴史的根拠があるのだろうか。

  1. そもそも琉球王国は日本だったのか?
    1. 琉球王国は独自の外交を行う王国だった
    2. 1609年の薩摩侵攻で複雑な立場に
    3. 「中国に冊封されていた=中国領」ではない
  2. 中国が問題視する1879年の「琉球処分」とは
    1. 明治政府が琉球王国を廃止して沖縄県を設置
    2. 中国側は「日本による一方的な併合」と主張
  3. 中国が持ち出す「カイロ宣言」とは何か
    1. 日本が奪った地域を返還するとしたカイロ宣言
    2. 中国側は「琉球にも適用できる」と主張
    3. しかしカイロ宣言に「琉球を中国へ返還」とは書かれていない
  4. 戦後、沖縄はどのように日本へ戻ったのか
    1. サンフランシスコ平和条約で米国の施政下へ
    2. 1972年に沖縄が日本へ復帰
  5. 中国はなぜ今、沖縄問題を持ち出すのか
    1. 理由① 台湾有事への日本の関与をけん制するため
    2. 理由② 日本とフィリピンの連携をけん制するため
    3. 理由③ 「第一列島線」をめぐる米中対立
  6. 「沖縄は本当に日本なのか?」という疑問を広げる意味
    1. 領土を奪わなくても「認識」は揺さぶれる
    2. 沖縄が抱える問題と結びつけることもできる
  7. 中国は以前から「琉球問題」を外交カードとして使ってきた
  8. 「中国は沖縄を中国領だと言っている」と考えるのは正確ではない
  9. まとめ:中国が狙うのは「沖縄の領有」より「日本領という前提」を揺さぶることか

そもそも琉球王国は日本だったのか?

現在の沖縄県には、かつて「琉球王国」という独自の国家が存在していた。

ここが中国側の主張を理解する第一歩になる。

琉球王国は独自の外交を行う王国だった

琉球王国は1429年、尚巴志によって統一されたとされ、約450年間にわたって存続した。

現在の沖縄県を中心とする島々を支配し、中国の明・清王朝との交易だけでなく、日本や朝鮮、東南アジアとも交流していた。

特に重要なのが、中国皇帝との「冊封関係」である。

琉球国王は中国皇帝から国王として承認を受け、中国との朝貢貿易を行っていた。

中国側が琉球と中国の歴史的関係を強調するとき、この冊封関係がしばしば登場する。

1609年の薩摩侵攻で複雑な立場に

ところが1609年、薩摩藩が琉球に侵攻する。

以後、琉球王国は薩摩藩の強い影響下に置かれながら、一方では中国との冊封関係も維持した。

つまり琉球は、

薩摩の支配を受けながら、中国との外交関係も続ける

という非常に複雑な立場になったのである。

この状態は明治時代まで続いた。

「中国に冊封されていた=中国領」ではない

ただし、ここで注意しなければならない。

琉球が中国の冊封体制に入っていたからといって、現在の意味で「中国領だった」と考えるのは単純すぎる。

冊封は当時の東アジアに広く存在した外交秩序であり、現代の主権国家における領土支配とは性格が異なる。

したがって、

「琉球は中国と冊封関係にあった」

「琉球は中国領だった」

「だから沖縄は中国領だ」

という論理がそのまま成立するわけではない。

現在の中国側の議論も、単純に「昔から中国領だった」とするより、日本が琉球を自国領に組み込んだ過程を問題視する方向に重点が置かれている。

中国が問題視する1879年の「琉球処分」とは

中国側の主張で最も重要なのが、明治政府による「琉球処分」である。

明治政府が琉球王国を廃止して沖縄県を設置

明治政府は1872年、琉球王国を「琉球藩」とした。

そして1879年、琉球藩を廃止して沖縄県を設置する。

いわゆる「琉球処分」である。

最後の琉球国王・尚泰は首里城を明け渡し、その後東京へ移住した。

これによって約450年間続いた琉球王国は消滅し、現在につながる沖縄県が誕生した。

中国側は「日本による一方的な併合」と主張

中国側が問題視しているのは、この過程である。

2026年6月23日付の人民日報では、中国社会科学院日本研究所の研究者による琉球を扱った記事が掲載され、日本による琉球統合を「併吞」と表現するなど、歴史的な正統性を問題視する論調が展開された。

つまり中国側の論理では、

「琉球はもともと独自の王国だった」

「日本が一方的に王国を廃止した」

「その過程に問題がある」

現在の沖縄の日本帰属も歴史的に再検討できるのではないか

という形になる。

ただし、「琉球処分は国際法上違法だった」という評価が国際社会で確定しているわけではない。

19世紀は現在とは国際法体系そのものが大きく異なるため、当時の出来事を現在の国際法の基準だけで単純に合法・違法と判断することには慎重さが必要である。

中国が持ち出す「カイロ宣言」とは何か

さらに中国側の議論で登場するのが、第二次世界大戦中の「カイロ宣言」である。

日本が奪った地域を返還するとしたカイロ宣言

1943年11月、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相、中華民国の蒋介石主席がエジプトのカイロで会談した。

そこで示されたのがカイロ宣言である。

宣言では、第一次世界大戦以降に日本が奪取・占領した太平洋の島々を日本から剥奪することや、満州、台湾、澎湖諸島など日本が清国から得た地域を中華民国に返還する方針が示された。

中国側は「琉球にも適用できる」と主張

ここで中国側の琉球処分に対する主張とカイロ宣言を組み合わせると、次のような論理が成立する。

琉球は独立した王国だった

日本が1879年に一方的に併合した

日本による「略取」にあたる

カイロ宣言の対象として考えるべきではないか

戦後も当然に日本領とすることには疑問がある

という考え方である。

しかしカイロ宣言に「琉球を中国へ返還」とは書かれていない

ここは非常に重要である。

カイロ宣言では台湾や澎湖諸島などについて具体的な記述がある一方、「琉球を中国へ返還する」とは書かれていない。

つまり、

「カイロ宣言があるから沖縄は中国領になる」

という結論を直接導くことはできない。

中国側が琉球処分とカイロ宣言を結びつけて提示しているのは、一つの歴史・政治的解釈と見る必要がある。

戦後、沖縄はどのように日本へ戻ったのか

では第二次世界大戦後、沖縄はどのような扱いになったのだろうか。

ここを見ると現在の沖縄の法的位置づけが分かりやすい。

サンフランシスコ平和条約で米国の施政下へ

1951年に署名されたサンフランシスコ平和条約第3条では、琉球諸島を含む北緯29度以南の南西諸島について、米国が行政・立法・司法上の権力を行使できる仕組みが定められた。

重要なのは、日本が台湾や澎湖諸島については同条約第2条で「すべての権利、権原及び請求権を放棄する」とされたのに対し、琉球諸島については異なる規定になっている点である。

米国代表ダレスもサンフランシスコ講和会議で、日本に南西諸島への「残存主権」を認める考えを示している。

1972年に沖縄が日本へ復帰

その後、日米両政府は沖縄返還交渉を進め、1971年に沖縄返還協定に署名。

1972年5月15日に沖縄は日本へ復帰した。

沖縄返還協定第1条では、米国がサンフランシスコ平和条約第3条に基づく琉球諸島・大東諸島についての権利・利益を日本のために放棄し、日本が行政・立法・司法上のすべての権限と責任を引き受けることが定められている。

現在の国際関係も沖縄県が日本の領域であることを前提として成り立っている。

したがって、中国の研究者やメディアが歴史的正統性に疑問を呈したからといって、それだけで沖縄の現在の法的地位が変化するわけではない。

中国はなぜ今、沖縄問題を持ち出すのか

では、なぜ2026年になって中国側が140年以上前の琉球処分を改めて取り上げるのだろうか。

ここからが今回の問題を考えるうえで特に重要になる。

理由① 台湾有事への日本の関与をけん制するため

沖縄、とりわけ先島諸島は台湾と非常に近い。

日本最西端の与那国島と台湾の距離は約110キロしかない。

台湾有事が発生すれば、与那国島、石垣島、宮古島などの先島諸島は安全保障上極めて重要な地域になる。

日本政府も南西諸島の防衛体制を強化してきた。

中国側から見れば、日本が台湾問題に深く関与することは当然警戒すべき動きになる。

そこで、

「台湾の帰属について日本が発言するのであれば、琉球の日本帰属についても歴史を問い直せるのではないか」

という形で沖縄問題を持ち出せば、日本に対する政治的なけん制になる。

理由② 日本とフィリピンの連携をけん制するため

今回、中国側が問題視しているのは沖縄だけではない。

フィリピン最北部に位置するバタン諸島も重要な意味を持つ。

地図を見ると、

沖縄本島

先島諸島

台湾

バタン諸島

ルソン島

という島々の連なりが見えてくる。

日本とフィリピンは2026年5月、両国の排他的経済水域(EEZ)の境界画定に向けた交渉を開始することで合意した。

その対象となるのが先島諸島とバタン諸島の間の海域であり、台湾の東側に位置している。

台湾を自国領と主張する中国にとって、日本とフィリピンがこの海域の境界について協議することは無視できない問題になる。

そのため沖縄とバタン諸島の歴史的帰属を問題化することには、日比連携をけん制する意味もあると考えられる。

理由③ 「第一列島線」をめぐる米中対立

もう一つ見逃せないのが「第一列島線」である。

一般的には、日本列島から南西諸島、台湾、フィリピンへと連なる島々を結ぶラインを指す。

中国から太平洋へ海空軍が進出する際、この島々は地理的に重要な位置にある。

そして沖縄には大規模な米軍基地が存在する。

台湾情勢が緊迫するほど、沖縄の軍事・地政学的重要性も高まる。

中国にとって沖縄は、単なる日本の一地方ではなく、米中の安全保障競争における重要な場所なのである。

「沖縄は本当に日本なのか?」という疑問を広げる意味

ここで「認知戦」という考え方が出てくる。

認知戦とは、軍事力だけでなく情報や歴史認識、SNSなどを利用して、人々の認識や判断に影響を与えようとする活動を指す。

領土を奪わなくても「認識」は揺さぶれる

中国が沖縄の日本帰属について疑問を投げかける目的を考えるとき、

「中国は本当に沖縄を自国領にしようとしているのか」

という問いだけでは十分ではない。

実際に沖縄を軍事力で奪ったり、国際的に領有権を認めさせたりすることには極めて高いハードルがある。

しかし、

「琉球はもともと日本ではなかった」

「日本による琉球処分は正当だったのか」

「沖縄は本当に当然のように日本領と言えるのか」

という疑問を広げることなら、はるかに低いコストでできる。

重要なのは、結論を変えることだけではない。

「沖縄の帰属には実は歴史的な問題があるらしい」

という認識を広げること自体が、外交上の効果を持つ可能性がある。

沖縄が抱える問題と結びつけることもできる

2026年6月23日の人民日報の記事が興味深いのは、単に1879年の琉球処分だけを論じているわけではないことである。

沖縄戦、米軍基地、辺野古問題、琉球の文化や言語など、現在の沖縄が抱える問題まで一つの歴史的な物語として描いている。

ここには、

琉球は日本に併合され、その後も沖縄の人々は大きな負担を背負わされてきた

というストーリーを作り出す効果がある。

もちろん、沖縄県内に存在する基地問題への批判や琉球文化の保護を求める運動そのものを、中国の活動と同一視するべきではない。

沖縄の人々が自ら行ってきた政治的・社会的主張と、中国政府系メディアがそれをどのように利用・解釈するかは別の問題だからである。

中国は以前から「琉球問題」を外交カードとして使ってきた

今回突然、琉球問題が登場したわけではない。

中国では2000年代以降、日本との関係が悪化した時期などに、琉球の歴史や帰属を問題視する議論がたびたび浮上してきた。

特に興味深いのが尖閣諸島をめぐる中国側の主張との関係である。

日本の外務省によれば、1953年1月8日の人民日報の記事では尖閣諸島を琉球諸島の一部として記述していた。

中国政府と台湾当局が尖閣諸島について独自の領有権主張を始めたのは、東シナ海に石油資源が存在する可能性が注目された後の1970年代以降だと日本政府は説明している。

歴史認識や領土に関する主張は、現在の外交・安全保障環境と無関係に出てくるわけではない。

その意味でも、台湾をめぐる緊張や日比連携が進む現在、再び「琉球」が前面に出てきたことには注目する必要がある。

「中国は沖縄を中国領だと言っている」と考えるのは正確ではない

今回のニュースを見ると、

「中国が沖縄まで中国領だと言い始めた」

と受け取ってしまうかもしれない。

しかし現時点では、そう単純に整理するべきではない。

中国政府が沖縄県全体について正式な領有権を宣言し、「沖縄は中国領だから中国へ返還せよ」と日本政府に要求しているわけではない。

むしろ現在目立つのは、中国共産党機関紙や政府系研究機関の研究者などを通じて、

「琉球王国は独立した存在だった」

「日本による1879年の琉球処分には問題があった」

「戦後処理において琉球問題は本当に解決されたのか」

と問いかける動きである。

これは似ているようで大きく違う。

「沖縄は中国領だ」と主張すれば、中国自身がその領有権を国際法上立証しなければならなくなる。

一方、

「沖縄が日本領になった過程には問題があるのではないか」

と問いかけるだけなら、自らの領有権を証明する必要はない。

だからこそ、この主張は認知戦という観点から見ると非常に興味深いのである。

まとめ:中国が狙うのは「沖縄の領有」より「日本領という前提」を揺さぶることか

中国側が沖縄の日本帰属に疑問を投げかける際、歴史的な材料がまったく存在しないわけではない。

琉球王国が独自の王国として存在していたこと、中国との冊封関係を持っていたこと、1879年に明治政府が琉球王国を廃止して沖縄県を設置したことはいずれも歴史上の事実である。

しかし、

「中国と冊封関係にあったから中国領だった」

ということにはならない。

またカイロ宣言にも「琉球を中国へ返還する」とは書かれていない。

戦後はサンフランシスコ平和条約によって沖縄が米国の施政下に置かれ、1972年の沖縄返還協定によって日本が行政・立法・司法上の権限と責任を引き受けた。

現在の国際関係も沖縄県が日本の領域であることを前提としている。

それでも中国側が今、琉球処分やカイロ宣言を持ち出している背景を考えると、台湾有事への日本の関与、南西諸島の防衛力強化、日本とフィリピンの連携など、現在の安全保障環境が浮かび上がってくる。

つまり今回の問題で本当に注目すべきなのは、

「中国は沖縄を奪おうとしているのか」

ということだけではない。

むしろ、

「沖縄は当然に日本領である」

という前提そのものに疑問を投げかけることで、日本国内や国際社会の認識を揺さぶることにどのような意味があるのか。

140年以上前の「琉球処分」が今になって再び持ち出されていること自体が、東アジアをめぐる安全保障環境の変化を映しているのかもしれない。

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