スマートフォンの充電に欠かせないモバイルバッテリー。
毎日のように持ち歩いている人も多く、今では特別な製品というより生活必需品の一つになっています。
しかし近年、モバイルバッテリーから煙や火が出る事故が相次いでいます。
2026年8月8日には、大阪メトロ御堂筋線の中津駅で発煙があり、モバイルバッテリーが発火した可能性があると報じられました。
普段何気なくカバンに入れている小さなバッテリーが、なぜ突然発火するのでしょうか。
その理由を理解するには、モバイルバッテリーの中に入っている「リチウムイオン電池」の特徴を知る必要があります。
この記事では、
・モバイルバッテリーはなぜ発火するのか
・「熱暴走」とは何なのか
・夏に事故が増えるのはなぜか
・どのような使い方が危険なのか
・なぜ航空機ではリチウムバッテリーの扱いが厳しいのか
・発火の前兆や安全な使い方
について、できるだけわかりやすく解説します。
モバイルバッテリーはなぜ発火する?

結論から言えば、モバイルバッテリーが発火する大きな原因の一つが、内部で起こる「ショート(短絡)」です。
モバイルバッテリーの多くには、リチウムイオン電池が使われています。
リチウムイオン電池には、大きな電気エネルギーを小さな本体に蓄えられるという優れた特徴があります。
スマートフォンやノートパソコン、ワイヤレスイヤホン、電動工具、電気自動車などに広く使われているのもそのためです。
一方で、内部には正極と負極、電解液などがあり、正極と負極が直接接触しないよう「セパレーター」と呼ばれる薄い膜で隔てられています。
ところが、強い衝撃や製造上の不具合、劣化などによってこの構造が損傷すると、正極と負極が内部で接触してショートすることがあります。
すると大きな電流が一気に流れ、急激に温度が上昇します。
この温度上昇がさらに内部の化学反応を促し、その反応によってまた熱が発生するという悪循環に陥ることがあります。
これがリチウムイオン電池の事故でよく聞く「熱暴走(サーマルランナウェイ)」です。
「熱暴走」が起きると発火が止まりにくくなる
リチウムイオン電池の怖さは、単に「熱くなる」というだけではありません。
内部で異常な発熱が始まると、
内部ショート
↓
急激な発熱
↓
内部材料の分解
↓
さらに発熱
↓
ガスの発生
↓
発煙・発火
というように、連鎖的に反応が進む場合があります。
そのため、最初は「少し熱い」と感じる程度だったものが、短時間のうちに煙を出したり、炎を上げたりする可能性があります。
さらに、一度炎が消えたように見えても、内部に高温部分が残っていれば再び発火する可能性があります。
一般的な電気製品の火災とは少し違った注意が必要なのは、このためです。
モバイルバッテリーが発火する主な原因
では、どのようなことがきっかけで内部ショートや異常発熱が起こるのでしょうか。
主な原因を見ていきます。
落下や強い衝撃
意外に注意したいのが、モバイルバッテリーを落としたときです。
外側に傷がほとんどなくても、内部の電池が損傷している可能性があります。
特に高い場所から落とした、強くぶつけた、重いものに挟まれたといった場合には注意が必要です。
国土交通省も、リチウムイオン電池について、外部からの衝撃などによる内部短絡によって発熱・発火するおそれがあると注意を呼びかけています。
「外見が壊れていないから大丈夫」とは限らないわけです。
高温になる場所に放置する
リチウムイオン電池は高温に弱いという特徴があります。
特に危険なのが、真夏の車内などです。
夏の炎天下では車内温度が非常に高くなるため、その中にモバイルバッテリーを長時間置いておくことは避けた方がよいでしょう。
直射日光が当たる場所や暖房器具の近くなども同様です。
もともと高温になっているところへ充電などによる発熱が加われば、電池への負担はさらに大きくなります。
長期間使用したことによる劣化
リチウムイオン電池は永久に使えるものではありません。
充電と放電を繰り返すことで少しずつ劣化していきます。
「以前より充電できる量が明らかに減った」
「充電中に以前より熱くなる」
「本体が膨らんできた」
といった変化が見られる場合には注意が必要です。
特に膨張しているモバイルバッテリーは、そのまま使い続けるべきではありません。
無理に押したり、穴を開けたりするのも非常に危険です。
製造上の不具合
正しい使い方をしていても、電池内部に製造上の問題があれば事故につながる可能性があります。
リチウムイオン電池内部では、正極と負極を非常に薄いセパレーターで隔てています。
製造工程で異物が混入したり内部に問題が生じたりすると、後になって内部短絡につながる場合があります。
そのため、メーカーによるリコール情報も確認しておくことが大切です。
安全性に問題のある製品を使用する
価格だけでモバイルバッテリーを選ぶのも注意が必要です。
日本国内で販売されるモバイルバッテリーには、電気用品安全法に基づくPSEマークの表示が必要です。
購入するときにはPSEマークの有無を確認するとともに、メーカー名や販売事業者、製品情報がきちんと確認できるものを選ぶことが重要です。
極端に安い製品や、メーカー・販売元がよく分からない製品については慎重に判断した方がよいでしょう。
モバイルバッテリーの事故は実際どれくらい起きている?
「ニュースで目立つだけで、実際にはほとんど起きていないのでは?」
と思う人もいるかもしれません。
しかし、事故件数を見ると決して無視できる問題ではありません。
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)によると、2021年から2025年までの5年間に通知された「リチウムイオン電池搭載製品」の事故は2,140件ありました。
しかも製品別で最も事故が多かったのがモバイルバッテリーです。
スマートフォンやノートパソコンなど、リチウムイオン電池を搭載する製品は身の回りに数多くあります。
その中でも、持ち運ぶことが多く、落下や衝撃、高温などさまざまな環境にさらされるモバイルバッテリーは特に注意したい製品といえるでしょう。
なぜモバイルバッテリーの事故は夏に増える?
さらに興味深いのが、事故が発生する季節です。
NITEの2021年から2025年までのデータでは、リチウムイオン電池搭載製品の事故は春から夏にかけて気温の上昇とともに増える傾向があり、8月にピークを迎えています。
つまり、今回の御堂筋線での発煙が起きた8月は、まさにリチウムイオン電池の事故に特に注意したい時期なのです。
もちろん、「暑いだけで正常なモバイルバッテリーが突然燃える」という意味ではありません。
しかし高温環境は電池にとって大きな負担になります。
特に、
・炎天下の車内に放置する
・直射日光の当たる場所に置く
・布団やバッグの中など熱がこもる場所で充電する
・本体が熱くなっているのに充電を続ける
といった使い方は避けるべきでしょう。
小さくて便利なモバイルバッテリーですが、その中にはスマートフォンを何度も充電できるほどのエネルギーが蓄えられています。
「小さいから危険性も小さい」と考えることはできません。
そして、このリチウムイオン電池の危険性を特に厳しく考えてきた業界の一つが航空業界です。
筆者自身も航空会社の貨物部門で危険品を取り扱うための資格を取得し、業務に携わっていました。
当時からリチウムバッテリーは注意すべき貨物でしたが、その後、航空輸送における取り扱いは次第に厳しくなっていきました。
なぜ飛行機では、これほどまでにリチウムバッテリーを厳しく扱うのでしょうか。
後半では、航空輸送とリチウムバッテリーの関係、モバイルバッテリー発火の前兆、そして万一発火した場合の対応について詳しく見ていきます。
なぜ飛行機ではモバイルバッテリーの扱いが厳しい?
リチウムイオン電池の危険性を考えるうえで分かりやすいのが、航空機での取り扱いです。
現在、モバイルバッテリーは基本的に預け入れ手荷物に入れることができず、機内へ持ち込む必要があります。
その理由の一つは、万が一発煙や発火が起きた場合に、できるだけ早く異常を発見して対応するためです。
貨物室の奥深くに収納されてしまえば、乗客や客室乗務員がすぐに異変を確認することはできません。
一方、客室内であれば煙や異臭、異常な発熱などを比較的早く発見できます。
さらに日本では2025年7月から、モバイルバッテリーを頭上の収納棚に入れず、状態を確認できる場所に置くことが求められるようになりました。
そして2026年4月24日からは、ルールがさらに厳格化されています。
主な内容は、
・機内に持ち込めるモバイルバッテリーは160Wh以下のものに限り2個まで
・機内でモバイルバッテリー自体を充電しない
・モバイルバッテリーからスマートフォンなど他の機器へ充電しない
というものです。
航空機内でのリチウム電池に関連する火災が世界的に増えていることを受け、国際民間航空機関(ICAO)の国際基準が改訂されたことに伴う措置です。
私自身、以前航空会社の貨物部門で勤務し、危険品を扱うためのライセンスを取得して業務を行っていました。
当時からリチウムバッテリーは注意が必要な貨物でしたが、その後、事故やリスクが明らかになるにつれて輸送条件が厳しくなっていく過程を見てきました。
航空輸送では「燃えたら消せばいい」と簡単に考えることはできません。
地上なら周囲から離れたり、消防隊を呼んだりできます。
しかし高度1万メートル近くを飛行する航空機では、火災が発生してもすぐに着陸できるとは限りません。
だからこそ、発火する可能性のある物については、事故が起こってから対処するだけでなく「そもそも事故を起こさない」「起きたらすぐ発見できる」という考え方が非常に重要になります。
モバイルバッテリーの規制が年々厳しくなっているのは、それだけリチウムイオン電池の発火リスクが軽視できないということでもあります。
モバイルバッテリーが発火する前兆はある?
モバイルバッテリーは、何の兆候もなく突然発火するケースもあります。
ただし、異常が現れている場合もあります。
特に次のような状態になっている場合は使用を中止した方がよいでしょう。
本体が膨らんでいる
最も分かりやすい異常の一つが膨張です。
内部でガスが発生すると、本体が膨らむことがあります。
ケースの合わせ目が開いていたり、平らな場所に置いたときに浮いていたりする場合には注意が必要です。
膨らんだバッテリーを無理に押し戻したり、穴を開けたりしてはいけません。
異常に熱くなる
充電中に多少温かくなること自体は珍しくありません。
しかし、
「触っていられないほど熱い」
「以前より明らかに熱くなった」
「充電していないのに熱い」
といった場合には異常の可能性があります。
そのまま充電や使用を続けるのではなく、一度使用を中止することが大切です。
異臭や変色がある
焦げたような臭い、化学薬品のような異臭、本体の変色なども危険信号です。
特に煙が出始めた場合には、すでに重大な異常が起きている可能性があります。
充電状態がおかしい
以前より極端に充電時間が長くなったり、満充電にならなかったり、逆に急激に残量が減るようになった場合も、電池が劣化している可能性があります。
長期間使っているモバイルバッテリーは「まだ充電できるから大丈夫」と考えず、状態を確認しながら使うことが重要です。
モバイルバッテリーが発火したらどうする?
実際にモバイルバッテリーから煙や炎が出た場合、まず重要なのは自分の安全を確保することです。
NITEは、煙や炎が噴き出している最中には絶対に近づかないよう注意を呼びかけています。
ポケットに入る程度の小型モバイルバッテリーの場合、火花や激しい炎が収まった後であれば、大量の水をかけて冷却・消火する方法が案内されています。
可能であれば、消火後も水没させた状態にして消防へ通報します。
これは一度火が消えたように見えても、内部に熱が残り、再発火する可能性があるためです。
ただし、危険を感じる場合に無理に近づくべきではありません。
自分で対処することが難しい場合には、安全な場所へ避難して119番通報することが最優先です。
電車内や駅、航空機など公共交通機関の場合には、自分だけで処理しようとせず、乗務員や駅員などへすぐに知らせる必要があります。
「電気製品だから水をかけてはいけない」とは限らない
ここで疑問に思う人もいるかもしれません。
「電気製品に水をかけるのは危険ではないのか?」
という点です。
確かに、コンセントにつながった家電製品などでは感電の危険があります。
しかし、モバイルバッテリーのような小型リチウムイオン電池の火災では、燃焼を止めるだけでなく、電池を十分に冷却することが重要になります。
そのためNITEは、小型モバイルバッテリーについて、火花が収まった後に大量の水をかける方法を案内しています。
「炎を消す」だけでなく、「熱暴走を止めるために冷やす」という考え方が重要なのです。
発火事故を防ぐためにできること
モバイルバッテリーの事故を完全にゼロにすることは難しいでしょう。
しかし、普段の使い方でリスクを下げることはできます。
まず、高温になる場所に置かないこと。
夏の車内や直射日光の当たる場所は避けましょう。
次に、強い衝撃を与えないこと。
落としたり踏んだりしたモバイルバッテリーに異常が見られる場合には、そのまま使用しない方が安全です。
そして、充電中は熱がこもる状態にしないことも重要です。
布団や枕の下、衣類の中、荷物が詰まったバッグの中などで充電すると、発生した熱が逃げにくくなります。
また、リコール情報を確認し、メーカーや販売事業者が明確な製品を選ぶことも大切です。
NITEは2026年夏の注意喚起で、リチウムイオン電池事故を防ぐポイントとして「3つのC」を紹介しています。
「Cool Choice(賢く選ぶ)」
「Careful use(丁寧に使う)」
「Correct disposal with better recycling(正しく捨てる、そして資源循環)」
の3つです。
購入するときだけではなく、使い方と廃棄方法まで含めて考える必要があります。
古いモバイルバッテリーはどう捨てればいい?
使わなくなったモバイルバッテリーを一般ごみとして捨てるのも危険です。
ごみ収集車や処理施設で押しつぶされた際にバッテリーが破損し、発火する事故が起きています。
モバイルバッテリーの処分方法は自治体によって異なります。
家電量販店などに設置されている小型充電式電池の回収ボックスを利用できる場合もありますが、膨張・破損したバッテリーは通常の回収ボックスでは受け付けてもらえないことがあります。
必ず自治体やメーカー、販売店などが案内している方法を確認して処分しましょう。
「燃えないごみに入れておけば大丈夫」と自己判断しないことが重要です。
モバイルバッテリーは危険だから使わない方がいい?
ここまで読むと、「モバイルバッテリーそのものが危険な製品なのでは」と感じるかもしれません。
しかし、正常な製品を正しく使用している限り、必要以上に怖がる必要はありません。
リチウムイオン電池は、軽くて多くの電気を蓄えられる非常に優れた技術です。
現在のスマートフォンやノートパソコン、電気自動車などがここまで普及した背景にも、この電池の存在があります。
問題なのは、高いエネルギー密度を持つという長所が、異常時には大きな発熱や発火につながる可能性も持っているということです。
便利さとリスクは表裏一体といえるでしょう。
だからこそ、
高温にしない。
強い衝撃を与えない。
膨張や異常発熱を放置しない。
信頼できる製品を選ぶ。
正しい方法で処分する。
という基本を守ることが大切になります。
まとめ|小さなバッテリーでも大きなエネルギーを持っている
モバイルバッテリーが発火する背景には、内部ショートや異常発熱によって起こる「熱暴走」があります。
2021年から2025年までの5年間には、NITEにリチウムイオン電池搭載製品の事故が2,140件通知され、その中ではモバイルバッテリーの事故が最も多くなっています。
さらに事故は夏に増え、8月にピークを迎える傾向があります。
2026年8月8日に御堂筋線で起きた発煙事故も、私たちが普段何気なく持ち歩いているモバイルバッテリーについて改めて考えるきっかけになりました。
航空業界では以前からリチウムバッテリーを慎重に扱ってきましたが、近年は航空機内での発煙・発火事故の増加を背景に規制がさらに厳しくなっています。
私自身、航空貨物の現場で危険品を扱っていた経験がありますが、リチウムバッテリーをめぐるルールが次第に厳格化していったことは強く印象に残っています。
モバイルバッテリーは小さな製品です。
しかし、その小さなケースの中にはスマートフォンを何度も充電できるほどのエネルギーが蓄えられています。
「普段使っているから安全」と油断するのではなく、膨張や異常な発熱などの変化に気づいたら使用を中止すること。
そして高温や衝撃を避け、正しく使い、正しく処分すること。
それだけでも発火事故のリスクを減らすことにつながります。


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